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空(から)の

クライヴの癖が気になっているジルその2。

バイロン・ロズフィールドの屋敷にて3国同盟を再びと客室へ集った彼ら3人の目の前にはその内のひとりカンタンが運んできた銘柄のワイン—ゴールドンルージュが3本ことんと主張するように置かれていた。 「飲まないのか」 復讐を遂げ。そしてそれと引き換え多くのロストウィングの村人たち—同士だった彼らを失い—空虚となりかけながらも生き残った者たちと共にこれからを考えていた矢先だった。 クライヴに纏め役として力を貸して欲しいと今のロザリア、ダルメキアの代表の彼らにザンブレクからと顔を合わせたカンタンが腕を組みながらオイゲンに問う。 「生憎、素性がまだはっきりとしていない男が目の前にいるのだ。ちょうどザンブレクについても尋ねたいと考えていた」 かつては将軍であり、タイタンのドミナントとして権利と発言を利用していたフーゴ・クプカによりダルメキアの軍事から一歩退けられ評議会のひとりとしてフーゴ亡き後国を纏めようとしているオイゲン・ハヴェルは鋭く相手を捉えている。 「なら、今のザンブレクの現状を話そう」 こうした場合旧友であるバイロンが側にいるとわしの甥っ子はどうしただの武器に関しても語りが止まらなくなり肝心の内容がしょっちゅう横道を逸れるに決まっている。 オイゲンは視線で席を外してくれとバイロンに送り。 バイロンは3本の内1本を取り上げ、扉の外へ。 ふたりの男は静かにソファーに座り込んだ。 「お前は…あの男から聞いた。村人をまとめ上げ集落をひとつの村として形成させていたと」 「…怒りのぶどう酒ってやつさ。それを飲ませようとした」 「…何?」 偉大なるグエリゴールとマスターに選ばれた子たち—。 正義の為の復讐の女神に倣ったつもりだった、目の前で向き合っている男はそう語る。 「…ザンブレクの現状を教えてくれ。―その前に」

「…あいつはどういう男なんだ」 「あんたも知っての通りだ。真実に辿り着いた男の罪を背負っている罪人だ」 「マザークリスタル破壊の罪、か。罪に問われるとはっきりと答えて来た」 「実際その通りだろう。俺たちも、な」 マザークリスタルが本当に魔法という奇跡を与えただけのものだったなら、な。 そして本当にこのヴァリスゼアに必要なのか。 今のヴァリスゼアは魔法がベアラーとドミナント以外は使えない。クリスタルを通してもな。軍と兵ももはや相手は国じゃない。あの不気味で狂暴な空が曇ってから出て来た化け物たちだ。エーテルと同じ青い光。

そのことをよく考えてくれ。

その部屋から去るとバイロンは別の応接間に座り込んでいる愛おしい甥っ子たちとその幼馴染の3人にことんともってきたワインをテーブルの上において声を掛ける。 「ジョシュアよ。お前はクライヴほどここに来ていなかったからな。今からラザフォードに頼んで—…」 「いえ、叔父さん。…兄さん」 ジョシュアがふたりに挟まれ真ん中に座っていた兄に視線を送る。 「ああ。アカシアたちのことも含めて時間がない。向こうの話が纏まり次第すぐに出なければ」 「…ずっと私たちに協力してくださって感謝しています」 クライヴの左隣に腰掛けていたジルもふたりの意思を汲み取り真剣に頷く。 「…そうか。そうだったな」 亡き兄と同じ青い瞳の力強さを発する甥のその姿に最後の戦いの舞台には行けずともしっかりと見守る覚悟を決めたのだとバイロンも改めて認識した。 「だが、少しだけ時間をくれんか。特にジョシュア。お前は小さい頃から本が好きだったからな。短い芝居をお前ともしておきたい」 「良いですね」 笑顔でジョシュアが立ち上がるとその間にラザフォードにお前たちと再会したばかりほど立派なものでなくても良いものを用意させるからふたりはここで待っていてくれと叔父は元気に頷きながら弟と共に出て行って。 部屋に残されたふたりはどちらかともなく顔を見合わせ。 そっとお互いに微笑んだ。 (そういえば、ここで—) ジルがふと思い出す。 “お前は嘘をつく時に癖がある” 叔父様はそうおっしゃっていた。 そっとお互いに寄り添い。優しく彼女の頭撫でて前を—これからの戦いへ決意を固めている彼の横顔からはそれは感じられない。 ロザリスで初めて出会ったあの日から一緒にきょうだいみたいにいられた日々も。 もう心は動かないのだからと死を覚悟して風の大陸の大地を踏んで。戦いの後に目を覚ましてからあなたとまた再び歩み出して。ずっと…今もこうして傍に過ごして来た時を思い返しても。あなたは嘘をついていなかった、とそう思う。 この世界の現実と敷かれた理(ルール)に抗い人に戻りたいと一心に動き出した心と共に願って進んで来た。 自治領でアナベラとついに対面した時だって。もう二度とクライヴとジョシュアが苦しまなくても済むように。ふたりは実の母親へ手を掛けようとはしない—。 ならばイムランの時と同じく私のこの手で—。そう考えてレイピアを突きつけていた。 クライヴはジョシュアとの絆から来る現実を自ら歩みながら語り。ジョシュアは手を差し伸べた。 そうするって…彼の背を見届け抱きとめていたジョシュアからも分かっていた。 再会してからジョシュアが3人で旅が出来て嬉しいよ、と抗う為の道筋はまだ辿らなければならなくても言ってくれて。 遊びに行くんじゃないぞとクライヴは釘を刺していたけど本当は喜んでいるって分かっていた。 ジョシュアに背中を撫でてもらっていたトルガルと、クライヴを乗せながら視界にジョシュアを収めたアンブロシアと同じくらい嬉しくてふたりのその様子を微笑みながら見つめていた。 傍にいて見届けていられたから。最後まで—…一緒に。

それは今はもう、叶わない。彼に気づかれないところでメティアに祈りを捧げている。

彼女の雰囲気がどこか張り詰めたものへと変わったと気づいた彼の視線がこちらに向く前にジルは置かれたままのワインの瓶へ視線を向ける。 彼女は普段からダブアンドクラウンでもエールはおろか稀に手に入るワインさえ口には含めない。 「ジル」 本当は何か言いたいことがあるのではないかと彼女に尋ねるつもりでその名を呼ぶと。 「飲まないの?」 はぐらかすのではなくまた抑え込み我慢してくれているのだなと分かる返し方をされた。 自治領でクリスタルを破壊する時は酔いたい?と洒落としてお互いに述べられる間柄だったのに。 「…叔母さんへの贈り物にするつもりだ」 執事を助けたのを切掛けにバイロンと同じく動き始め7家族の他の貴族たちに働きかけているアリアンヌへと。 「そうよね…その方が良いわ」 ごめんなさいと続けようとする彼女の唇へ優しく指で触れその言葉を止めると彼はそっと己のものと重ねる。すっと離れると瞬きを一回だけした彼女と視線が絡み合う。 「…こっちの方が好きだ」 一度知ってしまうと手放せなくなる甘美さ。ただ、愛おしさが増していく。 ジルがそっとクライヴの刻印を取り除いた頬へ触れる。彼の決意そのものを。今もまだこれから先も続いているもの。 愛おしいものを見つめている優しい光を携えた深い青い瞳。大好きなまなざし。 この想いが本当なのだと分かって心が奥から奮えている。

ああ、そうか。だからなのね。 心を凍らせて人形でしかなかった私があなたより先に人に戻されて。 そうして溶かされたものから空っぽではなく。本当に大好きで大切なものを押し込めていた。 愛おしいと心から感じる私の宝物。 人に戻ってから好きだという想い以上に。 あなたを、あなたそのものを知りたいのだ。 だから頭の中でずっとあなたの癖を—それが何なのかぐるぐる考えていた。 空(から)ではなく傷つき凍っていた心にあったものを溶かして見つけてくれたあなたの心も知りたくて。 あなたを見つけたくて。あなたを、もっと—。 「…うん」 すっとまたお互いに顔を近づけてそうして触れ合った。 (見つけるから。必ず…)

きっとそう。ちょっとずつなのだろうけど。私は我儘になっている。 空(から)の器じゃないって、あなたがたくさん愛を注いでくれて教えてくれたから。

ぎゅっとお互いを優しく抱きしめた後に扉がノックする音が響き。 運んでこられた料理と共に戻って来たバイロンとジョシュアが演じてきた劇を話し合う。 「クライヴと違い、ジョシュアは巧みじゃな」 「また、その話ですか…」 「兄さんはすぐ顔にも出るからね」

(ジョシュアも…知っているのね) きっと、トルガルも知っている。

これがふたりにとっての照れ隠しだったのだと知るのは、もう少しだけ後―。

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