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連れて行って

少年期のクライヴ→ジル

マヌエの丘へジルを連れて行く前。

連れて行って

ロザリス城からはまだ屋敷の外へ出る許可は降りない身体が弱い弟が好きなように歩き回れる不死鳥の庭園と。それと民の暮らしが見守れる城下町が眺められる。

産まれてすぐに身体が弱いと父親と母親から教えられて。

そして周りの貴族達や侍女達の放つ雰囲気からもジョシュアは屋敷において自室にて本を読むようになり、理解力の早さからジョシュア様は才能があるとささやかれるようになった。齢4つになるとようやく庭園へと5つ年上の兄クライヴが手を引いて今日はここを見に行こうかと連れて行ってくれた。

砦に囲まれているこの建物の姿は厳かであり、伝統を奏でるものであり。

そしてそこからの眺めがナイトとしての歩みを始めたばかりで稽古の厳しさに始めたその日から嘆きそうになりながらもクライヴは好きだった。

ジョシュアもクライヴが自分の部屋のテラスから外を眺めて決意を強く固めているその様子に日ごとに豆が増えていくその手を取って。

ナイト—騎士としての道を歩み進み続けている兄へ公子として。

そしてひとりの男として信頼をしていると言葉には出さずとも幾度か王座の前へ手を取り兄弟共に父の前に出て行き。そうして連れて行った。

マードック将軍やロザリアの騎士たちがふたりのそのやり取りにロザリアにおいて未来の公主と騎士の姿だと頭の中で描いていた。

ロザリア公国へ北部部族から和平の証として、そして兄と弟にとっては新しいきょうだいとしてジル・ワーリックが過ごすようになってから少し日数が過ぎた。

来た時から大人しい少女は“帰りたい”、誰かに“会いたい”などひと言も言わなかった。

侍女達がもしかしたらおひとりで過ごされている間や夜には泣いておられるのではと世話の為に部屋を出てからそっと扉に耳を澄ませても。

またロザリアにも童話集があるのでお読みしますねと寝る前に読み語りをしてうとうとし始めた彼女へ優しく頭を撫でた後にどうぞおやすみなさいとと促した後に同じ様に扉に息を潜め壁に耳をあてても。

ずっとお静かなままなのですよとクライヴの部屋のシーツを替えにきた侍女のひとりが教えてくれた。

“本当に大人しい方で…あれ位の年頃になってくるとだんだん女の子はおませになってきますから”

“もっとおしゃべりになるのですよ。けれど姫様はずっと黙ったまま…”

お礼はきちんと伝えて下さいますし。微笑んでも下さいます。

ただ。何と申し上げましょうか、居場所がないと考えているように見えるのです。

そう教えてもらってから数日後だった。

遠征の為に父と将軍が兵達を連れて北部へ向かうと。

クライヴの部屋にジョシュアとジルのふたりが遊びに来ていて。楽しそうに兄に話す弟とは違い、きょうだいであるのだと自覚を持たなきゃと思っているのか話しに合わせるようにジルが何度か相槌を打っていた—その中で知らせが飛び込んできたのは。

少女の気配が張り詰めたように見えた兄と弟は顔を見合わせて頷き。

クライヴは戦ではなく黒の一帯における被害から逃れて来た北部地方からの難民たちの護衛と受け入れだろうと使用人が話していることの要点を伝えた。

ジルはじっとクライヴを見つめた後。

床に目線を落としてから“良かった”とぽつりとこぼした。

「ジル、帰りたい?」

幼いながらも鋭く見抜く弟を、

「…ジョシュア」

兄は穏やかに制した後に少女をまた優しく見つめた。

「…大丈夫。ここで暮らすのが私の役目だって言われたから」

エルウィン様がふたりに“これからは彼女もロザリアの一員だ”とそうおっしゃっていた。反対に王妃であるアナベラ様の視線はずっと冷たい。

—今までは僕と兄さんのふたりだったんだ。今度からは3人だね。

—緊張しなくて良い、ここにいて良いんだ。

ふたりはエルウィン様との約束を守ろうと私に優しく接してくれているのだろう。

もちろん、そのご厚情には人質としてここに送られてきたのだから感謝しないと。

それも…分かっているから、大丈夫よ。

翌日早朝にエルウィン大公とマードック将軍。そして遠征の為に集まった騎士たちや兵士たちをジョシュアは屋敷までクライヴとジルは城門にて見送り。

兄は鍛錬を積んでいる兵士たちと共に訓練所へ剣の稽古へと向かい。弟は公子として自分の部屋で書物を開きしっかりと目で追っていた。

昼下がりになると王妃であるアナベラがラザロ街に出払っていることもあり。

訓練用に使っていた古びた兵達のおさがりでもある木剣が稽古に次ぐ稽古で折れてしまったのでせっかくなので新しいのを用意するまでクライヴ様庭園で気分転換に軽く歩き回って来てはどうですかと勧められて。

家族の様にこのロザリス城内で住んでいる使用人たちと彼らに仕えているベアラーたちの様子を彼らとあいさつを交わしながら眺めていると。

花壇の前でジルを見つけた。この花なら姫様にお似合いです一輪どうぞと庭師から渡されて。

くるくると指に巻き付けてそっと微笑んでいた。

「上手いな」

後ろからつい声を掛けてしまったものだから。

驚いた様子で慌てて振り向き両手は後ろに回す。

「いや、すまない。驚かせるつもりはなかったんだ」

侍女達から装いについて尋ねて見ましたら。向こうでもされていたのでしょうね。針子の道具について詳しかったんですよと教えてももらっていた。

手先が器用なのだろう。

「俺には出来ないことを君はさっとやってのけていたから。つい声を掛けたくなったんだ」

「そう、ですか…」

声がまた小さくなった。

かしこまらなくても良いのにと思うが侍女たちが話してくれたように。

そしてクライヴとジョシュアもとっくに気づいている。

どこにも居場所がないと彼女は感じているのだろう。

自分に出来ることが何もない、と。

さっきみたいに微笑んでくれればそれで良いのに。

「見せてもらえないか」

おずおずと出してくれた白くて細い指にツタが見事な輪となり白いふわふわした花が可愛らしくすとんと乗っかっている。

「とてもよく似合っているよ、ジルは器用なんだな」

マメだらけな自分の手とは大違いだ。針子も学んでいく内にとても上手くなるだろう。

「それほどでは…」

「そうか?俺は出来る気がしない」

「そんなことはないですよ」

「君がそう言ってくれると嬉しいよ」

少女のきょとんとした青い瞳が少年を見つめる。

本当に何も出来ることがないとそう感じていたのだろうと少年なりに理解した。

「また何か作ったり見つけたものがあったら。教えて欲しい。

ジル、君から聞きたいんだ」

俺では気づかないことも。君なら見つけられるだろうとそうはっきりと伝えると。

少し瞳を彷徨させた後。はい…とまだ小さくも先ほどより元気になった声の調子が返って来た。

願わくはさっきみたいに微笑んで欲しかったと心からそう思うが。

彼女がすぐに踏み出せないのは彼も分かった。

それでも君には笑っていて欲しいとごく普遍的な願いがあの花の指輪を楽しそうに見つめていたあの横顔。

目の前の少女のあの表情(かお)が忘れられず。すっと浮かんだのだ。

「それと、俺に対して敬語でなくて大丈夫だ。ジョシュアはそうしているし、俺も構わない」

「‥‥」

まだ少女は顔をこちらへは向けない。

「ジョシュアが言ってくれたみたいに…いつか、3人で…」

そこまで言葉にしてクライヴ自身も続けられなかった。

今は出払っているとはいえ母親と取り巻きたちの貴族たちの期待はジョシュアへと重く圧し掛かっている。

その原因を作っているのは他ならぬ自分自身なのだ。

—クライヴ様、なかなか戻ってこないと思っていたらと迎えに来た訓練兵たちにどやされる声が庭園で響いた。

「…すまない。稽古を怠ると遠征から戻って来た将軍にかんかんに怒られる。ジル、また後で」

軽く手を上げてきょうだいである彼女に挨拶を済ませ、駆け足で戻っていく。

クライヴは早朝から剣の稽古へと。6つの時から—いまのわたしと同じだ—マードック将軍に師事していると聞いた。

からだの弱いジョシュアは自室からそれほど出られなくても産まれてまもなくに本を読み学びはじめたと聞いた。

(わたしは—)

教えて欲しいとクライヴは言ってくれた。

けれど、何が出来るのだろうか。

分からない。見つからない。

そっと指にはめたままの花の指輪を見つめ。

(君から聞きたいんだ)

(いつか、3人で)

エルウィン様との約束を守るため、とは違う、気がする。

あのまなざしと声は“わたし”に向けられたもの。

まずは彼の稽古のことをもっとよく尋ねてみよう。

何か見えてくるかもしれないと少女はまず考えることから始めた。

そうして少年を通して動き始めた少女を彼は連れ出し、連れて行って。

そうして、“私”を見つけてくれた。

今もこうして。

あの丘で過ごしたあの日と同じように。あなたは私を連れて行ってくれた。

どうしてかしらと尋ねてみると。

ただ、君に心から楽しく微笑んで欲しかったとそう愛しさを込めて答えてくれた。

あの日に連れて行ってくれて。

そして、そこからがあなたと私の始まりだった。

3人で旅が出来たら、はジョシュアに取って代わられたとクライヴは帰り道がてらそっと微笑みながら教えてくれた。

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