ぽたぽた
- つきんこ
- 3 日前
- 読了時間: 6分
ジル→クライヴ
※
フェニックスゲートにてあなたは自分がイフリートのドミナントだった—それが現実であると。あなたが自ら真実を受け入れてから分かったことがある。 あなたは私がそういう所は昔から変わっていないなと子どもの頃のような笑顔でそう語った。 ああ。今の私に子どもの頃の私を見ているのだと。 「いいえ…私は変わったわ」 あなただって、ずっと。 ベアラーとして望まないまま戦いに連れ出される日々だったはずだ。逆らえない現実。違うとすればあなたは…戻るのが怖かった、と。 全く動けなかった私とは違う。力づくに連れ去られ。どこまで行くのか見当もつかない海の只中に狭い船内と連れて来られた薄暗い部屋にマーレイと共に押し込められて。あの男のおもちゃにされるのだと無理やりそこから連れ出されて。気が付いたら氷の飛礫があの屈強な男たちの肉体を裂いていた。 見たことも考えたこともない冷たい檻の中へ閉じ込められた。目の前で手籠めにされた少女たち。 それからの年月は…思い出したくもないのに忘れられない。 私は—…獣であり、人形として。あの男の命令のままに多くの命を奪って。
そうして、生きて来た。 目の前にいるのはあなたが思い浮かべている幸せな箱庭にいられた少女だった頃の私ではないのだ。
戦えるようにはなったわ。だからこそ分かり合える。 待つしかなかったあの日とは違う。 少なくとも傍にはいられる。
あなたの過去を私は知れた。あなたは包み隠さず真直ぐに話してくれたから。これまで自分が生き抜いて来た動機と。逃げ出さずに前に進むのだと。 私が今までどうしていたかは目を覚ましてから話せた。それが今までの私であると。 鉄王国がドミナントを兵器として見放しているとその現実をあなたは分析し始め。まずはフェニックスゲートに…ロザリアへふたりで帰ろうと。 荒れ果てていて。エルウィン様が人から人へと差し伸べて下さっていた精神はこのヴァリスゼアを蝕む黒の一帯が及んでいる死の大地に倣う様に枯れ果てようとしていた。 石化して苦しんでいる—死が間近いベアラーの人たち…ふたり亡くなったと告げて欲しいと神父さんからの言付け。 クライヴは振り向いてその言葉のひとつひとつを考えていた。 私は…目を合わせることは出来なかった。目の前で痛めつけられている少女たち。 石化が進んでいく私の体とは別にベアラーたちは道具として、忌むべきものとして。クリスタルへの供養として命を落としていった。 それはあなたが預かり知らない現実。心が痛みを感じなくなった私の日々。 私が隠していたから。話さなかったから。
あなたは、そう。かつての私を見ていたのだから。
シドが亡くなって。シドが私たちを招き入れてくれた皆が優しくそして温かく迎えてくれた隠れ家も跡形もなく無くなって。 ヴァリスゼアを見て回ることにした。あなたとふたりで。このヴァリスゼアの現実を何も知らないと今のロザリアに帰ったあの日から思い知らされたのだから。 マザークリスタルドレイクヘッド破壊後―王侯貴族たちを中心に各国のドミナントの必要とマザークリスタル獲得へと奔走し。私たち—大罪人シド—が保護活動の為に動いていると知れ渡ってからベアラーたちへの迫害はさらに増していった。 生き残る為だと彼らは口を揃えていう。本当にこの地で起きている真実―現実へは目を向けずに。
“マザークリスタルは人を幸せにはしない。”
「マザークリスタルが元凶だなんて…多くの人は言っても信じないでしょうね」 シドが明らかにしてくれた真実に対して私はクライヴへそう告げた。 もうすぐその日から5年が経つ。 やはりそこから逸脱しようとする者など殆ど現れず。いなかった。
それをも受け入れて俺は前に進む。 人が人でいられる世界である為に。
僅かな人たちではあったがロザリア皇国領内にて保護に成功したベアラーたちをインビンシブルへと先に石の剣の彼らに連れていってもらい。 マーサに久しぶりに良い報告が出来たなと2頭の黄色の馬(チョコボ)を待たせていた帰り道。 私が馬(チョコボ)に乗ろうとすると後ろから優しい視線を感じた。 ふと振り向くと彼が私のこの様子に懐かしさを感じるようなまなざしを見せている。 (あ…) 「ずいぶんと慣れたな」 「小さい頃は…乗れるのかしらと思っていたわ」 “話”を合わせることにした。 それに少女の頃にそう思っていたのは事実なのだから。 「クライヴは…慣れたかと思ったらすぐに狩りに出て行ったわよね」 「ああ…」 それだけ答えると今度は寂しくて辛そうなまなざしでフェニックスゲートの方へと向いた。 どうしたの、と尋ねようとして言葉を詰まらせた。 痛みを感じるような青い瞳に深さが増したまなざしだった。 すぐに私の方へ顔を向けてくれて。疲れているだろう、早めに戻ろうかジル。 そうまた私に優しく微笑んでくれた。
ぽたり、と氷が解けて水滴が落ちるような感覚がこの身に起きた。
言葉には託さず静かに頷いて。そうしてふたりで馬(チョコボ)で駆けだした。 漆黒のマントを羽織る彼の背を一心に見つめてひたすら馬(チョコボ)を走らせた。 先ほどの彼のあの青い瞳。どうにもならないものを抑え込み。それでいて起きている物事を自分のことのように受け入れて。背負ってそれでも、と前に行こうとしていた—少女だったあの頃にあなたの傍にいる、あなたを支えると言葉には託さなくても。 ただまっすぐに逸らすことなく。あなたを見つめていたあの日々。 その私の視線に優しく微笑んで私の想いを愛おしく、大切にしてくれていたあなたそのものを思い出したのだ。 (同じ、なの…?) 前を先導していく彼には決して気づかれないだろうという事実が今の彼女にとって妙な安堵感―一抹の寂しさもある—を覚えた。 これまでにも心が動いていると感じたことは確かにあった。けれど今起きているのは胸の奥のもう、そう動くことはない…自分でも手を触れられないのだろうと考えていた奥底が。ぽたぽたと。溶けていくかのような温かさ。 彼があの日々と—あの時に—灯してくれていた炎が再び。宿っているのだと。 あなたを。この大陸の現実から目を逸らさずに見つめるあなたを。ふとした瞬間に私を優しく引き寄せ。 寒さで凍えそうな日はふたりで寄り添い。辛く思うようにいかない年月を重ね続けても手を取り合って。この5年近く。傍にいられるように。ずっと隣で見つめていたら…たった今それが起こった。 待って、と。頭を振りたくもなる。まだ私は何も果たしていないのに。 何もあなたに伝えていないのに。 それにあの日のまま私を見ていたあなたをどこかで責めてもいたはずなのに。 (まだ…だめよ、ジル) そして、お願い。 (クライヴがちゃんと私を見つけてくれるまで) 雪解け水が溶け始めて澄んだ川になるかのように。 いつか、そう。 ジョシュアと3人で遊びに行って。笑い合えていたあの日々のように。 何一つ隠すことなく澄んだ瞳で、あなたをまた見つめられるようになるまで。
ぽたぽた。 凍っているものが溶け。 水滴が落ちていく感覚は留まることを知らなかった。
Comments