君ありて
- つきんこ
- 5 日前
- 読了時間: 8分
ジルちゃんが、イサベルに対して妬いたりするシーンがあるのはご存知の通り。ではクライヴは?と思って書いたこばなしです。
君ありて
「オットー。クライヴはどこかしら」 拠点に戻ってきたばかりのクライヴを探していると。 「さっき、ゴーチェの所に向かったが…協力者の誰かに何かあったのかもしれん」 オットーからそう告げられ、ジルは急ぎ足でゴーチェが担当している協同窓口へ向かう。 ブラックソーンの鍛冶場にてミスリルのように硬い鋼鉄が整えられていく音が響き(外大陸からの刃にブラックソーンは言い表せない焦燥感を感じていたとはクライヴとオーガストから聞いていた、ふたりのお陰で今は迷いがないみたい)、グツがカローンに頼まれて彼女が許可しない限りは開かない倉庫から重たいものを運び出している姿をそっと目に収め(グツは最近ブラックソーンのところへ教えを乞うている。カローンも心の中では認めているの)シドの設計図からこれはハッチだと部位名が書かれている場所の傍でいつも通り井戸端会議をしている彼女たち。倉庫番のオルタンスや(新しく来たベアラーの姉妹の為に布を取り寄せた彼女は新しい布を分けてくれた。待っているだけじゃ不安なら、クライヴへ何か縫ったらどう?と。)インビンシブルのかつては甲板だった床に落書きをしているテトとクロ、双子たち。 この5年間で慣れ親しんで来たこの拠点での生活を目にしながら、ここでの生活を毎日噛み締めている。北部で貴族に囲まれていた時やロザリスでの華やかさとは無縁である。 ジル、と親しみを込めて皆から名前を呼ばれて。皆とても辛いことが立て続けに起きても、支え合いながら生きているのだ。本当の意味で人らしく。 ここはとてもいい所だな、とクライヴがケネスに伝えたかつてのシドの拠点と同じように。ガブやゴーチェは元々の明るさもあり、最近ではミドとバイロンのお陰で騒がしさも増した。その中心となっているのが2代目シドと名乗るクライヴであることは言うまでもない。 漆黒のマントを羽織うその後ろ姿に、安堵と愛おしさを含めた鼓動の高鳴りを感じた。 ―ジルも、クライヴが好きだよね。(活発なジョスラン。) ―ぼくたちも、みんなすき!でも最近ずっとトルガルとも遊べないね…。(素直なアルトゥル。) ―しかたないでしょ。ほら、宿題とシャーリーが待っている。(慎重なエメ。) 子どもたちもどうして彼がここのところ拠点にいないのか、子どもたちなりに分かっている。 デシレーとゴーチェが何か確認しあった後、クライヴが頷き3人の様子から大事ではなかったことが窺い知れた。 おかえりなさいとその背に声を掛けようとしたその時―。 「イサベルからの贈り物は俺の部屋に飾っておいてくれ」 「…」 言葉が詰まった。 「了解、クライヴ」 「嬉しいですよね。みんな喜びますよ」 ジルの沈黙とは正反対にデシレーとゴーチェはとても嬉しいのだろう、どこに飾りましょうかとか、オットーさんも喜ぶなあと明るく盛り上がっている。 ふたりのその反応にクライヴも笑みを浮かべているのが後ろ姿からも分かる。 「さて、次の石の剣の任務についてドリスと…ジル?」 振り向いたすぐ先にジルがいたので少し驚いたがクライヴはいつも通りどうかしたのか、と淡々と尋ねることにした。 「イサベルから、贈り物が来たのね」 「…ああ」 「あなたの部屋に飾るのよね…良かったじゃない、素敵なもので」 「…協力者だからな。飾れるほどの信頼と意味はある。 皆にとってもいい機会だとは思っているよ」 (なるほど、そういう言い方もあるわね)
―彼、シドとは全然違うのよね。すごく真面目な人。
イサベルはクライヴの内面をすぐ見抜き、新しい拠点であるインビジブルが今の形になるまで潜伏を余儀なくしていた時にそっとジルに語りかけてきたことがあった。
―そうね、知っているわ。昔からいっしょだったもの―。
すぐにそう返すつもりだったが発することが出来ず夜のとばりの娼婦たちとベアラー保護活動のための近況を報告しあうクライヴの横顔を見つめるだけに留めた。 自らの意志を封じられ心も凍らせていた獣であったと自嘲するジルと、娼館を含めノースリーチの皆から慕われて。他者への鋭い視線を向け心の動きを機敏に感じ取るイサベル。 彼女は男を手玉に取るわけではない。相手の奥底にあるものを見抜くのだ。賢くそして鋭く素早く。そして娼館の彼女たち含めノースリーチにて皆に頼りにされている。 これまで過ごしてきた環境や生き方があまりにも違うのだとひとことで済ますのは簡単で。ベアラー保護やこの世界の異常に目を向いている点は同じである。 ただ…。 「何でもないの。クライヴ、子どもたちが首を長くして待っていたわ。行ってあげて」 さっと去っていってしまったジルのどこか冷めた様子に。 (色々…タイミングが悪かったのか) 腕組みしながら少し考えて、この所ジルともまともに時間をとっていないことからクライヴはある決意をする。 先ほどのジルの様子に今度はちょっと不安がっているふたりに大丈夫だと視線を送ってから後を追う。 サロンにてトルガルにおやつを与えてくれていたカローンにジルはこちらに来ていないかたずねると、来ていないねぇとぶっきらぼうな返答。 グツもひょっこりと顔を出して植物園の方には回っていないよと教えてくれた。 さて、そうなると。 トルガルの頭をわしわしと撫でた後、子どもたちを頼むよと伝えて。 昇降機から渡し舟へと向かう。 風にゆるやかに揺れる白銀の髪が目に入った。 船頭のオボルスに先に皆でエールを飲んでいてくれとまとまったギルを渡して、ジルの隣に並ぶように立つ。 「子どもたちは先にトルガルに頼んで来た。この前の礼だと…花が来た。皆が喜ぶ顔が見たくて飾ってもらうことにしたんだ」 しばらく拠点に居られなくて、心配していただろうから。そう添えて。 黙ったままの彼女を見つめる。 短い沈黙の後、ジルが利き手でもう片方の腕を押さえながらぽつりと話しだした。 「ごめんなさい。分かってはいるの…」 「君が謝る必要はないんだ。俺がコントロール出来ない間は君に負担ばかりかけていたから。それと…嬉しい気持ちもある」 「?」 「ロザリスでのことー」 フーゴの策略により剣を手放すことになり、枷のせいで魔法は全く使えず歯がゆさと焦燥感を感じたまま地下牢に閉じ込められていたあの時。 あの男の部下たちはジルのことをいい女、と好き勝手に評していたのだ。とんでもなく下世話な下心があったのは漂う空気から嫌というほど察した。 「正直…相当腹が立った。トルガルとガブのお陰であの場を切り抜けて。後になってから…こうした‥‥独り占めにしたい想いを抱えているのは俺だけかな、そう思っていたから」 ―君が他の男にそうした目で見られるのは、嫌なんだ。 黙っているつもりだったと話して来るクライヴにジルはことん、頭を寄せて来た。 クライヴも静かにジルの肩に手を置き優しく彼女を招き入れる。 「君に甘えてばかりで…俺の方こそすまない」 「いいえ…私が自分で決めたことだもの。 それにすごく嬉しい…あなたが同じ様に想ってくれていたことが」 待っているだけでは、想うだけでは、満たされない。 それは本当に届けられる相手が目の前にいること、叶えたい願いがある世界がどのようなものなのかあやふやではなくしっかりとした自我―意思があってこそのもの。お互いにシドの前で誓った時に芽生えてものを育んで来たのだ。 「それと…おかえりなさい、クライヴ」 「ああ、ただいま。ジル」 ジョシュアの敵討ちが出来ればもう後のことはどうだっていい。ばらばらになりそうな自分を繋ぎ止めていたものが失われ。君に諭されて再び今度は人の為に生きることを決めた時から君がずっとそばにいてくれて。足りなかったものを補っていくように。辛い現実が続いていても欠けていたものが満たされていくような日々をまた重ねているのだ。 時にはこうして上手くいかないこともある。それも含めて人でいたい。 意思があるからこそ、求めて抗う。 それが人として生きていくということ。 最後まで抗って生き抜いて、理さえ乗り越えていく。 お互いの想いと存在を確かめ合いながらクライヴとジルは互いに言の葉にはしない誓いを胸の中に秘めた。 (それと…かつて君を連れ出したときのあの花とは違うけれど…喜ぶと思ったんだ) それはまた、別の時のおはなし。
※おまけ
セリフのみですが。ほのぼの内容&オチ。
ジル(あら、クライヴ)
オットー「すまんクライヴ、ちょっといいか」
クライヴ「例の件か。ドリスとオーガストにも招集をかけてもらおう」
ジル(帰ってきたばかりでまたすぐ…)
別の日ー
ミド「クライヴ~!部品が足りないんだよー!」
クライヴ「そろそろ言い出すだろうと思っていたから、ブラックソーンとカローンに頼んでおいた。他に必要なものも明日には着くはずだ」
ミド「やったー!さすがクライヴ!」
ジル(出かける度に三つや四つも用事果たしているのよね…)
翌日ー
ネクタール「クポポー新しいモブハントの貼り紙書いたクポー」
ゴーチェ「協力者窓口にも依頼が来ているぜ」
デシレー「こちらは贈り物も届いていますよ、さっそく試してみますか?」
クライヴ「そうさせてもらおう」
ジル(皆クライヴがすぐに出ていくことに慣れてしまっている…)
直後 クライヴの部屋ー
クライヴ「ん?ジルからの手紙…サインだけで何も書いていないな…っと…」
ぎゅっと後ろから抱き着いているジル「…」
クライヴ「どうかしたのか?」
ジル「いえ…せめてここにいる間は安らいでいて欲しいの」
クライヴ「そうか…」
ドアをノックしようとしたガブ「なあ、トルガル。やっぱ今行くのはまずいよなあ…」
トルガル「ワフ🐺」
Comments