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その手を

シドとジル。 シドにとっては対ともいえる同い年のクライヴとベネディクタのそれぞれへの想い。

・その手を

ムーアと呼ばれる小さな集落ながらその実態はこうした小さな場所であっても幼い子どもですらベアラーたちに対する残酷な認識を持っているのだという現実を叩きつけてくるザンブレク皇国に関してシドルファスは知っていることを囚われていた劣悪な環境から連れ出されて間もないジルに伝える。 マダムこと協力者のひとりであるイサベラの信頼を勝ち得てもらう為にトルガルと別行動をしているクライヴとはそこにある教会で落ち合う手はずを共に整えていた道中。 ベアラーやドミナント、マザークリスタルに関して皮肉めいた冗談と背後にある真剣さとは異なる、淡々とした雰囲気であくまで自身が知っている範囲にとどめることにした。 クライヴとノルヴァーン砦内にて行なったやりとりとは異なる。 皇国領内に関してはベアラー兵として駆り出されていたクライヴの方が詳しいのだろうが、わざわざ語りたくもない過去に触れる必要はない。 復讐心に囚われていた間は外の世界へ意識を向けることやこの世界の現実などそもそもあいつの中には入って来なかったであろう。 無理やりこじ開けようとするならジルの何一つ望んで来ないまま重ねて繰り返すしかなかった時に触れざるをえない。 シドはクライヴと共に再び歩み出したジルと足並を揃えながら視線を向けた。 美人が怒ると迫力があるとはよく言ったものだがジルは静かな物言いの中に閉じ込めているものがありそれと同時にそこから抗おうと毅然とした態度を示すとシドは判断をしている。時折きつさも感じる視線の横で物事に対する判断が理性的だ。 クライヴ曰く彼女は元々物事を真剣に見つめていて真っ直ぐだったと男ふたりで打ち合わせをしていた時にすっとそう話して来た。 それはお前に関してそうなんだろうと思ったりしたものだが彼女が心を閉ざし見せないようにしている以上そこに踏み込めるのは結局の所この男だけなのだ。 時の流れが解決してくれる訳ではない。 これから自分たちが抗うことによってこのヴァリスゼア大陸で生きている全てのものにとってそれ自体が望みとならなかったとしても自らで辿り着ける救いがある。 それをふたりが見出せるかどうかに掛かっている。

見せているものと見せていないもの。 見出せたものと見出せなかったもの。

それは今の自分が抱いている想いそのものなのだとシド自身はそう考えていた。

震えていて一回り程小さい掌でしっかりと自分の手を握り放そうとしなかった金色の髪の少女。 ベネ、と呼ぶようになるとそれまで家族と呼ぶ間柄の者や他者にそうした愛おしさを与えられたことがなかったからだろう。目を伏せ噛みしめるかのようにそっと笑みを浮かべた。姓がないままでは騎士としての任務に就くことが出来ないとあの男からハーマンと名付けられた。 愛称で呼んで姓が与えられた女が人らしい終わりを迎えられるとそう思った。

あの時も手を取ってやりたかった。シド自身はメティアへの祈りを信じてはいなかった。自身が外大陸から来たことが理由のひとつ。また同じく外大陸から来たこの灰の大陸を統一した男の傍にいたが故に。 頷いて手を取ってくれたのだと、救いとなれたのだとそう思っていた。彼女は見出せたのだと。結局何一つ届いておらず、救いですらなかった…。もう手遅れだとはっきりと分かってここで終わらせなければならないと判断したほどお前じゃなかった。 そっと焼け焦げ形を失ったかつての贈り物を返してやった。

ずっと持っていたのか。 何で意地ばかり張っていた、何であの男についていったんだ。

…まさかバルナバスを狂わせたのが何なのか俺が知るまで―。

そこまで考えてシドは思考を別のことに切り替える。 お前ほど若けりゃ反旗を起こそうと無茶をしたかもな、とこの世界と自分に限界が近いことを皮肉交じりに語って見せはじめたあの時に思考を寄せた。 フェニックスの力を扱うベアラー兵がいると噂を聞きつけ風の大陸の中で皇国領ロザリアにて石の剣のドリスや協力者であるマーサから話を聞きながらザンブレク皇国内においてもイサベラを含め歓楽街の娼婦たちから上手く話をつけてもらい。 鉄王国の侵略を阻もうとダルメキアが防衛に回るならこちらも噂をされていたシヴァのドミナントも姿を見せるだろうとその読みは当たっていた。 他のドミナントと異なり片方は自分がドミナントであると知らず、片方は心を閉ざしていた。そしてふたりは外の世界とこの世界の現実を知らないまま随分と時が止まっていた。 ドミナントとして覚醒すれば各国の戦力の切り札となるが故に俯瞰して風の大陸を見つめていた灰の大陸ウォールード王国は異なる。 だからといってドミナントやベアラーが過酷な扱いをされているのは変わりない。 オットーやブラックソーン、カローンとタルヤと共に風の大陸の黒の一帯の中で立ち上がったのはそうした理由だった。国と王に完全に見切りをつけて、別の手を差し出して来たベネディクタからも去った。 フェニックスゲートにおいてもう一体の火の召喚獣が現れたとその噂が始まったのがいつ頃で大公と共にひとりは亡くなりもうひとりは行方知らずとされていたロザリアのふたりの王子—当時の年齢を今はどれくらいなのか検討をつける為に尋ねてみていささか驚いた。

同じ、なのかと。

―シドルファス、バルナバス様と共に行こう。このままではお前に待っているのは全身の石化であり無残な死でしかない―。

「石化しちまう理由についてはそこまで突き止められなかった。まあそれについてはマザークリスタルを創った神様みたいなのに聞くしかないんだろうな」 「…方法はあるの」 鋭い視線はこの世界に蔓延る認識から来る現実が厳しいものであるとよく分かっているからだろう。 「一度、コアとなる部分をこの目にしている。あそこにあるのは明らかに禍々しい力だ。出てきたお相手さんもそこら辺の魔物とは全然違う」 ジルが大きく頷いて同意した。 「…フェニックスゲートの中で見たことも無い遺物たちをこの目にした。ヴァリスゼアに存在している生き物たちとは全く異なっていた。そのことに関しても私もクライヴも何も知らなかったのだと思い知らされたわ。…だからこそ、シド。あなたの前で彼と誓った」 「良い心構えだ。前に進むと決めたあいつを支えてやってくれ」 ラムウのドミナントとして酷使してきた体の石化をわざとクライヴに見せた。あいつのその時の表情とベアラー含めこの現実を知って動き出せなければならないという決意を感じ取って―ようやく見出せた、そう思ったんだ。 知っていることと伝えなければならないことは出来る限りこれからも見せていくつもりだ。 見せていないものは…あいつはこの先どうするんだろうな。限界が近い自分とは違う。 人が人でいられる世界を、と誓ってくれたのだ。 前に進む以上と決めたのならそれすらも受け入れるんだろうな。果たして自分の身がそれを見届けられるまで持つのだろうか。 お前が見出すものは、俺が見出せないもの。きっと俺はそれを見届けられない。 (それでもいいさ)

―それで、いい。 「…?シド、今何て…」 「いや、ジル。お前さんのような美人が睨むと迫力があるなあと」 あのね、と呆れた彼女に偶にはそうやってクライヴに怒ってやれよとうっかりするとあいつはお前に甘えてくるぞとさらにからかうように続けるシドにジルはもう何も言わず目的の教会へと足を早めた。おーい、ジル、おじさまを労われとシドも後から続いていく。

シドルファスもジルも見出せていない訳ではなかった。 ただ、気づいていなかった。 彼が足を滑らせたシドを助けた時に自分の手をじっと眺めていたことを。その本質を。 他のドミナントへと踏み込み、あらゆるものを背負って前に進みと決めた彼のその手に宿る炎の意味を。 そこに踏み込めるのは他者に力を分け与えられる唯一の存在。 フェニックスのドミナントであり、彼の弟である。彼の弟だけが兄へと踏み込んでその手を差し伸べるのだ。 そしてその手に炎を宿して再び彼は誓う。

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