結晶
- つきんこ
- 5 日前
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結晶
※クライヴ14歳頃。まだトルガルが来る前。
ロザリスは使用人たちとその家族が含まれて暮らしている。ベアラーたちは主人によっては厳しい態度を取られても、大公の精神を理解し尊重しているものたちは彼らをそこまで追い詰たりはせずにきちんと食事や寝床を提供している。刻印を頬に刻まれた彼らが他国と比べても緩やかに庭園を歩き回れるのはそうした背景があるからだ。 母であるアナベラはそうした光景は気に入らないので父には苦言を申し立てているようだが、先代が早逝したからこそ仮の立場で王位についているのだと宣言している父はきっぱりとそしてふたりの息子たちに国というものは人が集い協力し合ってこそ、人をしっかりと見つめてこそ成り立っているのだと彼らの魂に呼びかけるかのように教えている。
飛躍的早く今日の稽古を終えられた。マードック将軍はこれから北部地方に遠征へ出る大公の元へ急いで向かって行った。 来年ともなればクライヴ様がフェニックスの祝福を授かるのは揺るぎない事実。 戦場を共にされるのですと将軍は厳しい声色ながらも勇気を持ってジョシュア様との誓いを果たす為にもと励ましてくれている。 城下町へひとりで向かうのは久しぶりだった。本音としてはジョシュアとジルを連れて来たいと思っていたのだが…。 屋敷から出る許可を得たばかりのジョシュアはそう易々と出られない。母を含めて取り巻きの貴族たちの監視が厳しいのだ。 ジルは秋口に入ってから朝から針子に取り組んでいる。侍女たちが厳しい冬に冷えないようにショールを縫っているのだ。ここ数日は朝からだんだんと冷えるようになってきた。小麦が束となって運び込まれていく。脱穀を行ない石臼で粉を引いてその日その日と家族の為に生地を良くこねて1日置いてからパンを焼く。これはとてつもない重労働だ。身体が冷えれば背中も腰も痛くなる。 そうした侍女たちへの気遣いを欠かさないジルは“姫様”と皆に慕われている。優しい方だと。 “クライヴ様もとてもお優しい方ですし、おふたりはお似合いですよ” “この間おふたりでお出かけになられていたでしょう、しかとこの目にしましたよ”
いや、別にそう言われたからひとりで来た訳ではない。 ちょっとした、そう。驚いてもらおうかと思いついたのだ。まだジルがロザリアに来る前。小さい頃にジョシュアとふたりで宝探しをして見つけてもらった時には驚きと共にとても喜んでいたから。 ロザリス城内には大きな書庫がある。ジョシュアは物心つく前にはそこで沢山の本を読むようになった。 今日は行商人が古い本だがヴァリスゼアの歴史に関する本を珍しいもので価値はありますよと勧めてくれた。 外の世界を知らないのはロザリアからほとんど出たことがないクライヴも勿論だが、ジョシュアはなおさら好奇心を寄せているであろう。近い内に3国同盟の為に顔を出す手はずにはなっているが、それは責務であり。好きなように他国へ訪れるのとは違うのだ。 ギル硬貨を多めに積んでその本を買う。市場が開かれている通り道の行き止まりで原石を売っている行商人にも出くわした。清楚な白を基調としたジルは多くの宝石で身を飾ることはあまりなく小さなエメラルドのペンダントだけ身に付けている。 装飾品よりこちらの方がお土産として喜ばれそうだ。ちゃんと磨かれているもののひとつに青くて透き通ったものが目に入った。 「ダルメキアでも見かけない鉱石のようだが…」 鉱石や石が産地として有名だというのをクライヴも王国貴族の取り決めとして物心つく前から教育されてきたのでよく知っている。 フードを被ったまま顔を上げない行商人がはい、と頷き。 「信じられないかもしれませんがね、それはドミナント―召喚獣が残した結晶でもあるんですよ」 そう淡々と返して来た。 「結晶…?」 訝しげに尋ねると。 「ご存知の通り、ドミナントは召喚獣をその身に降ろす存在である方。 ここではロザリアが危機に陥る度に守護となってきたフェニックスを宿すジョシュア様が。 召喚獣同士の戦いはこのヴァリスゼアの国々にとって歴史と人々の生き方そのものにも影響を及ぼす。そして戦いの後には欠片が残る。 その存在の想いそのものなのかはたまた魔法という我々にクリスタルと共に与えられた恩恵なのかはあっしにも分かりません」 事実をただ抑揚のない声で続けるその男の姿勢が不気味さより何かの背景を知っているかのように感じる。 「…‥‥」 「ああ。でもジョシュア様だけがまた別でしょう。ナイトである方々はフェニックスから祝福を与えられる。唯一分け与える力をその身に宿しておられるのはジョシュア様だけですから」 「…ああ」 盾となると決めた以上、年を跨げばクライヴ自身もそれを実感し。そうしてナイトとしてジョシュアを守る存在へと前に立つのだ。 「どこにいても、どれほど時が経つとしても。そして剣を握っている間はフェニックスの祝福があなた方を導く。揺るぎないほどに。 だからこそあなたはジョシュア様を守ろうとその身を盾として捧げている。 違いますか“クライヴ”様」 王侯貴族という階級社会においてロズフィールド家はアナベラと彼女の取り巻き達を除きエルウィン大公の統治に移ってからはふたりの息子も貴族でありながら平民や老若男女問わず気さくに接してくれているともっぱらの評判だ。 市場の彼らのほとんどがここに立っているのが大公の息子であり第一王子である兄のクライヴなのだと分かっているはずだ。 だがこの男の声の調子は何か篩に掛けているかのように感じる。 「ああ、その通りだ」 (ジョシュアは、弟なんだ―…) 挑発とは明らかに異なるその物言いにはっきりと返してやった。 「…どこかでこうした欠片に巡り合うこともあるでしょう。それらはロザリアで打たれている剣とはまた違うものを生み出せる。覚えておいて下さい」 「…分かった」 これは話に付き合って下さった礼ですと縞瑪瑙の宝石を渡され。そう、そういえば北部地方に関して反対側の通りでザンブレクから来ている行商人が何やら知っている様子でしたよ、行ってみてくださいと追い返すように急き立てられ。複数の疑問が浮かび上がってきたものの遠征に同行する訳ではないこの身だ、役立つ情報なら良いだろうとこの場を去ることにした。 第一王子のその後姿が完全に視界から消え去ってから男はすぐに立ち退きを始め、そうして人の数が多くなってきた喧噪に紛れ姿を消す。
裏通りに辿り着くと、深くまたローブで身を覆った別の男へと近づいていく。 「シリル様、仰せのままに」 そこに立っていたのはフェニックス教団の男だった。 「ご苦労様です。どうでしたか」 「ジョシュア様のナイトとしては申し分ないように思えます」 「今のところは、と。引き続き同士たちと連絡を取り合います。近々大きな戦いが起きる予感―いや、これはまさしく事実となるでしょう。 そうなるとフェニックスゲートにて我々はジョシュア様が儀式を終えるまで待機することになる」 「公主であり宗主となられる方を守ることが我々の使命―」 シリルが深い笑みを浮かべた。 「ナイトが表側とすれば、我々は裏側です。…そうしたこと自体に意味はない、称えられるべき方はただおひとり」 「ジョシュア様おひとりのみ―…」
ブラックソーンにフェニックスゲートにて己がイフリートなのだと受け入れてから掌に落ちて来た炎を灯しているのに熱くないその結晶を渡すと黒いブレイドに炎が中心に流れるかのような赤いフラーの剣―フレイムタンを鍛造してくれた。 右手にはフェニックスの祝福が宿り。そしてこの利き手に今度は父上の剣に加えフレイムタンを握りしめることになる。そして左手にはイフリートの炎が。 フェニックスの力を扱うベアラー兵がいる―。 その噂があったからこそシドが探し当て、そうしてトルガル、ジルともまた出会えた。 戦っていたシヴァのドミナントがジルなのだと分からず向こうもこちらのことが分からなかった彼女は魔法に対し魔法で抵抗することで頭が一杯であり―子供という無力な人質を取られていたのだ―フェニックスゲートの扉が開き招かれるように進んで行った時にジョシュアが変わらずクライヴを支えているのだと確信した。 “ジョシュアが俺を生かしてくれて。あの日も今も、だ” とにかくマザークリスタルぶっ壊す作戦は伝えた通りだぜ。今日はもう休めとシドにそう告げられて。 割り当てられた部屋のベッドの上で座り膝の上で拳を握りながら考え事をしているクライヴの隣でジルも座りじっと彼を見つめていた。 (ありがとう…。ジョシュア―…) 彼が生きていて。メティアへのあの日の祈りが、自分の願いが叶ったのだ。 もう心も動かないのだとそう感じること自体やめようとしていた矢先、これまで生きてきた意味はここにあったのだとジルは実感している。 そして同時に分かったこともある。 (私は…離れている間はあなたの力にはなれなかった) 彼はそれを否定するだろうが、現実はそうである。彼が生きて来たのは弟のお蔭なのだ。 “ジョシュアは弟なんだ” 初めてロザリアに来てから幾度となく聞いてきたクライヴがジョシュアを語るときにふと口にしたその意味。 彼にとってとても大切な―…。目に見えるような結晶ではない、形は取らない。それでいて彼の核となっているもの。燃え立つほど熱くてそして奮い立たせる誓いそのもの。 そっと目覚めた時と同じ彼の左手に自分の右手を重ねた。 あなたをこれからはずっと支えていくと。 クライヴはゆっくりとジルの方へ顔を向けて、静かに頷いた。
後に生きている弟をこの目にした直後。 フェニックスの尾が兄の元へと降り立った。それもまた結晶ではない。 骨の中の閉じ込められた炎のように抑えることが出来ない、彼の芯から沸き起こる彼の軌跡であり生き様なのだ。
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